「最後の1店になった責任感」かつては全国に400店舗! ハンバーガーチェーン店「バーガーシティ」の唯一残る店舗を守り続ける店主の覚悟とは?
街のおいしい店に潜入し、店主の人柄からにじみ出る人気の秘密を発見するシリーズ「実録!人情食堂」。今回は兵庫県豊岡市で、日本でただ1軒だけ残るハンバーガーチェーン店を取材しました。
大阪から車でおよそ2時間、普通電車は1時間に1本のみという無人駅、JR江原駅。駅前のロータリーを北に3分ほど歩いた場所にある「バーガーシティ サンロード店」は、1987年にオープンし、今月で40年目を迎えたハンバーガーショップです。
「バーガーシティ」はかつて大阪・豊中市に本社を構え、関西を中心に全国約400店舗を展開していたハンバーガーチェーン。しかし1998年、本部の経営破綻により突然倒産し、現在残っているのは1軒のみ。それがこの豊岡のお店なのです。
そんな日本で唯一の「バーガーシティ」を守ってきたのが、店長の上坂晃太郎さん(61)。倒産直後は仕入れができないなどさまざまな不便がありましたが、1年をかけて徐々に克服。「バーガーシティ」のハンバーガーをたったひとりで作り続けてきました。
不動の一番人気は「テリヤキバーガー」。ふわふわのバンズとパティに甘めのテリヤキソースが絶妙に絡み合う、チェーン店時代から愛される看板メニューで、月に約700個も売れるとか。懐かしの味を求めてやってくるファンは、関西のみならずなんと北海道からも! 上坂さんは「ありがたい」と感激しきりです。
そんな上坂さんの1日に密着すると、朝6時にはすでに活動開始。向かった先はなんと「実家」でした。実は上坂さん、地元でも有名な老舗のお餅屋さんの3代目。但馬のお土産として人気の「とち餅」を月に2万5000個も売るお店を、先代の両親とともに切り盛りしています。
なぜお餅だけでなく、ハンバーガー屋を始めたのでしょうか? 大学卒業後、実家を継ぐつもりで豊岡に戻ってきた上坂さんですが、当時はバブル絶頂期。新しい商売を始めることになり、そのころはまだ但馬エリアになかったハンバーガー店をオープンすると、これが大当たり。オープン時には多くのお客さんが押し寄せました。
【動画】オープン当時、但馬の人にとって“未知の食べもの”だったハンバーガー。実は上坂さんも店を始めるまで「一回も食べたことがなかった」とか!
さて、実家の作業をこなした上坂さんが「バーガーシティ」に向かったのは午前9時半。11時に開店すると、続々とお客さんがやってきます。できたてのテリヤキバーガーを満足そうに頬張る男性や、冷たいシェイクを楽しむ親子連れ、バーガーを5つもまとめ買いする大ファンの女性など今日もお店は大にぎわいです。
本部の倒産時は仕入れもままならず、閉店の危機に陥ったことも。しかし、上坂さんは逆境をチャンスに変えました。以前は本部が認めた15種類ほどしかなかったバーガーメニューを大幅拡大。極厚かき揚げを挟んだ「かき揚げバーガー」や、地元のブランド豚を使った「しょうが焼きバーガー」などのオリジナルバーガーを次々と編み出し、現在はなんと50種類に。サイドメニューも常時20種類以上に増えました。
上坂さんには忘れられないお客さんがいます。ある日、来店した50代の夫婦。奥さんが泣いているので事情を聞くと、なんと2人の出会いの場所が「バーガーシティ」だったとか。「うれしかったですよね。やっとってよかったなって」と感無量の笑顔を見せる上坂さん。ここはさまざまなお客さんの大切な思い出が詰まった場所でもあるのです。
「最後の1店舗になったという責任感。他府県ナンバーの車を見ると『来てくれた、開けててよかった』と思う」と上坂さん。これからの目標を聞くと「続けるのみですね。ずっと行けるとこまで」と決意を話してくれました。
「実録!人情食堂」は、7月27日(月)放送の『newsおかえり』(ABCテレビ 毎週月曜〜金曜午後3:40〜)で紹介しました。

















