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浜田省吾・中島みゆき・山下達郎…レジェンドたちの意外な「下積み物語」

毎週木曜12時から放送の『ますだおかだ増田のラジオハンター』。6月25日(木)のゲストは、音楽評論家のスージー鈴木さんが登場!

©️ABCラジオ

スージー鈴木さんは『日本の新しい音楽1975~』と『ライバルたちのJポップ史 70年代フォークから令和ヒットの裏側で』という日本の音楽にまつわる本を出版した。今回は、その本の内容に触れつつ、Jポップを牽引してきたレジェンドたちの知られざる苦労話をたっぷりとお届け。

浜田省吾:実は「売れないバンドのドラマー」から始まっていた!

大人気ロック歌手の「浜省(はましょー)」こと浜田省吾。スタジアムを満員にするロックスターだが、実はソロ歌手ではなく、「愛奴(アイド)」というバンドのドラマー(ドラム担当)としてデビューした。先輩ミュージシャンの吉田拓郎に見出されてバックバンドを務めていたが、当時の浜田のドラム技術には、こんなエピソードが残されている。

・ドラムがそこまで上手じゃなかった?
コンサート中、激しく叩きすぎてシンバルをひっくり返し、ステージの前にいた吉田拓郎の足元まで転がしていってしまったという豪快な失敗談がある。「シンバルを倒したドラマーは浜田省吾くらい」と、今でもファンの間で語り草になっている。

・やりたい音楽ができなかった下積み時代
バンドはなかなか売れず、翌年からソロ歌手になるが、最初は自分の歌ではなく、他の歌手への曲提供などを頼まれる「裏方」のような仕事が多く、もがき苦しんだという。

あの有名な名曲『MONEY』にある、「いつか奴等の足元にBIG MONEY 叩きつけてやる」という激しい歌詞は、この売れなかった下積み時代の悔しさが爆発して生まれたものなのである。

 中島みゆき:23歳で全てを悟っていた「本物の天才」

1975年デビュー組の中で、最初から「ケタ違いの天才」として周囲を驚かせたのが中島みゆきである。彼女はデビューしたその年に、いきなり名曲『時代』を発表し、世界歌謡祭でグランプリを獲得する。
当時まだ23歳。普通ならこれからの若者が、「そんな時代もあったねと、いつか話せる日が来るわ」という、人生のすべてを悟ったような歌詞とメロディを書いてしまった。
その圧倒的な才能で、彼女は一気にスターへの階段を駆け上がっていった。

 山下達郎:時代が追いつかなかった「こだわり職人」

今や「シティポップの神様」として世界中で聴かれている山下達郎(『クリスマス・イブ』などで有名)。彼も1975年にバンドでデビューしたが、当時は全く売れなかった。
当時は、熱いメッセージを歌うフォークソングや、泥臭いロックが流行っていた時代。山下の作る「都会的でお洒落な最先端サウンド」は、当時の音楽評論家たちから「気取っている」「根性が入っていない」とボロクソに批判されたそうだ。
山下達郎は今でもコンサートのMCで、当時の愚痴を言うのが定番になっている。
「あのとき俺を酷評した評論家どもは今どこにいる。俺はまだ現役でステージに立っているぞ!」
そんな言葉の裏には、時代に流されず、自分の音楽を信じてこだわり続けた職人としての強いプライドが隠されている。

さらに話は『ライバルたちのJポップ史 70年代フォークから令和ヒットの裏側で』の本の話題へ。
この本は、Jポップの歴史をライバル同士の戦いと表現し、どのようにレジェンドたちがヒット作を生み出していったのかを深掘りしている。
昭和のJポップ好きならたまらないトークの全編はradikoタイムフリーにてお聴きください。

番組情報

ますだおかだ増田のラジオハンター
毎週木曜お昼12時~3時