【阪神タイガース】岡田彰布元監督の知られざる少年時代に迫る!爆笑必至の大喜利にも辛口コメント!?
ABCラジオ『ますだおかだ増田のラジオハンター』に、阪神タイガースの岡田彰布元監督がスペシャルゲストとして登場。
前半は現在の阪神タイガースについて鋭い目線で持論を展開。さらに後半では番組のコーナー「令和の子、昭和の子」のスペシャル企画として、岡田元監督の「昭和の子」時代を深掘り。リスナーから寄せられた「どんな少年時代だったのか?」という質問に答える形で、野球一筋のイメージとは少し違う、意外な素顔が次々と明らかになった。

懐かしの市民プールと、天秤棒で売りに来る「わらび餅」
夏休みの過ごし方については、「小さい頃は、プールとか行ってましたね」と回答。当時は森ノ宮に市民プールがあり、自転車で通っていたという。また、海水浴は家族で福井の日本海まで足を運んでいたそうだ。
好きだったおやつは、移動販売のわらび餅。「車もあったし、担いでも来てましたよ」と、天秤棒を担いで売りに来るわらび餅屋の情景を懐かしそうに語った。たこ焼きを入れる舟のような器に盛られたわらび餅は、当時の子どもたちにとって最高のごちそうだったようだ。
友達のいない放課後は「壁当て」と「将棋三段」の腕前
流行りの遊びに話が及ぶと、意外な事実が判明する。通っていた小学校が自宅から遠く、バスと電車を乗り継いでいたため、放課後に友達と遊ぶ機会がほとんどなかったという。「帰ったら友達いないんでね、近くに。だから僕はもうずーっと壁にボール投げて、返ってきてまた投げてるの、それの繰り返しやったですね」と、少年時代から野球一筋だったことを明かした。
そのため、スーパーカー消しゴムやヨーヨーといった当時のブームにはあまり乗れなかったが、その代わりに家では大人と将棋を指すことが多かったという。その腕前は相当なもので、「三段もらったんです」と、将棋三段の実力者であったことを告白。その勝負師としての思考が、後の采配に繋がっているのかもしれない。
愛読書はプロレス雑誌、音楽の思い出は後の「御堂筋パレード」へ
父親から「目が悪なるから」と本や漫画をあまり読ませてもらえなかったという岡田少年。それでも『週刊ベースボール』とプロレス雑誌の『週刊ゴング』は読んでいたそうで、好きな外国人レスラーを聞かれると、テリー・ファンクではなく兄の「ドリー・ファンク・ジュニアや、やっぱりね」と答える渋い一面も。「やっぱ兄貴のほうが偉いから」という理由がなんとも岡田元監督らしい。
音楽は、受験勉強をしながら深夜ラジオの『ヤングリクエスト』や『ヤングタウン』を聴いていたという。また、高校時代には旧ABCホールに公開収録を観に行き、欧陽菲菲が『雨の御堂筋』を歌う姿を目の当たりにしたそうだ。後に自身が監督として優勝し、「雨の御堂筋」でパレードをすることになるとは、当時は夢にも思わなかっただろう。
小学生で宗右衛門町のキャバレーへ!フルバンドで歌った『いっぽんどっこの唄』
そして、コーナーのクライマックスで飛び出したのが、キャバレーでのエピソードだ。
リスナーから「父親の会社の人たちとキャバレーに行き、バンドの演奏で美空ひばりを歌ったってほんとですか?」という直球の質問がぶつけられると、岡田監督は「あー、それ誰が聞いてんですか」と笑いながらも、「美空ひばりじゃないなあ。水前寺清子やねん、それ」とあっさり認めた。
日曜日に父親が作った草野球チームの試合が終わると、その流れで宗右衛門町のキャバレーに連れて行かれていたという。そこで小学生ながらフルバンドをバックに、水前寺清子の『いっぽんどっこの唄』を歌っていたというのだから驚きだ。「歌ったら、賞品一本もらえるのよ。でも俺だけはもらえんかった、小学生やったから」と、オチまでつけてスタジオの笑いを誘った。
番組後半では、名物コーナー「タイガース中継ぎ川柳」にも参加。「そらそうよ」という岡田監督の名言をテーマにした川柳に、一つ一つ丁寧にコメントしていく姿も。
監督時代には見せなかった意外な素顔が次々と明かされた今回の放送。紹介しきれなかった爆笑トークの数々は、radikoタイムフリーで配信中!






