24歳元ボート部アナが、やっと大ベテランアナに褒められたうんちくとは? 大阪・高麗橋から出発! 秀吉が作った「京街道」しゃべ歩き旅

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ABCテレビの柴田博アナウンサーと中村想人アナウンサーが、古くから街と街をつないできた「街道」を歩きながら深い歴史や人の営みに触れ、街の魅力を再発見する「柴田・中村の街道しゃべ歩き」。今回は「京街道」編のパート1をお届けします。

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大阪から京都をつなぐ全長およそ45kmの「京街道」。大阪と伏見に城を築いた豊臣秀吉が、2つの城を最短距離で結ぶため、1596年に整備したと伝えられています。

その起点となる大阪の高麗橋をスタートした2人は、川に並行して走る大通り・土佐堀通りへ。東に向かって歩いていると、熊野街道の起点と記された大きな石碑が現れました。

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ここは天満橋駅の南側にある交差点。和歌山に向かう熊野街道の起点が、なぜこんな場所にあったのか? 謎が浮かんだときにはやはりこの人! 大阪の歴史にくわしい、作家で古地図コレクターの本渡章先生に電話で聞いてみます。

本渡先生によれば、江戸時代、天神橋と天満橋と挟まれたこの付近の川の岸には、京都と大阪を結んで淀川を行き来した船の発着場「八軒家浜」があったそう。京から船で川を下り、ここから陸路で和歌山に向かう当時の一般的な旅のルートだったのです。

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そんな熊野街道に京街道と、2つの街道が交わるこの場所は、大勢の旅人でにぎわっていたよう。かつては8軒もの宿が軒を連ねていたという八軒家浜に、2人も寄り道してみることに。

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現在は川沿いの遊歩道などが整備され、市民の憩い場となっている八軒家浜。江戸時代にはここにたくさんの船が発着し、京・伏見までの十一里余り(約45km)を、上り1日・下り半日で運航していたといいます。

「え、45kmを1日で上り!? 川逆流ですよ」と超ハードワークに驚くのは、学生時代にボート部でならした中村アナ。しかし、ここは海に近く、潮の満ち引きが川の流れに影響しやすい場所。満ち潮のときに起こる逆流にのれば、上りも「ほとんど抵抗なく進む」とボートの経験をいかした考察を披露。柴田アナから「おもしろい! 一番役に立つ話したな」とこの旅で初のお褒めの言葉をいただきました。

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【動画】さらに、京橋にあった“川魚”を扱う幕府公認の市場の跡を発見するほか、大阪城にも寄り道を。威風堂々たる天守閣を前に“天下人”気分に!?

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さらに歩みを進めた2人はJR京橋駅前にある「京橋商店街」へ。実はこちら、かつての京街道で、アーケードの中にはこのことを示す石碑も置かれています。

そんな旧街道の商店街をぶらぶらと歩いていると、「200円弁当」と書かれた看板を発見。ここは24時間営業のお弁当屋さんで、チンジャオロースや麻婆豆腐など手作りのおかずも魅力のお弁当がなんと税込216円! 材料費高騰の折、「頭が痛いです」と苦笑する店長さんですが、お客さんのためにがんばっているそうです。

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そして、毎朝作りたてのお豆腐がいただける豆腐屋さんでは、揚げたての絹揚げを試食させてもらい、「うんまっ!」「ホクホクや!」と大感激の2人。市場から週2回だけこちらに出店しているという魚屋さんでは、地元の常連さんとおしゃべりを楽しみます。

御年80歳の笑顔がチャーミングなお母さん、通称「京橋のあきこ」さんから「あんた男前やな」と褒められて「うれしい!」と盛り上がったり、デイサービス施設でご近所さんたちと足湯を堪能したりと、寄り道が止まらない2人。

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まもなく、大阪メトロの野江内代駅近くで見つけた京街道の道しるべには「京橋口から二・一キロメートル」の文字が。柴田アナは「だいぶいろんなとこ行ったけどね」とかなり歩いたつもりのようですが、スタート地点の高麗橋から3.5kmほどしか進んでいなかったことが判明。ゴールはまだまだ遠いようです。

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「柴田・中村の街道しゃべ歩き」は、11月6日(木)放送の『newsおかえり』(ABCテレビ 毎週月曜〜金曜午後3:40〜)で紹介しました。

『newsおかえり』YouTubeチャンネルで配信中

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