「ポツンと一軒家」77歳女性が、18歳年上の作家亡夫を「男のロマン 女の不満」の名言で懐かしむ

衛星写真でみつけた謎の一軒家の実態を徹底調査する番組「ポツンと一軒家」(ABCテレビ)。7月5日(日)の放送回では、大分県のポツンと一軒家を訪れた。

【TVer】亡き夫が追い求めた田舎暮らしというロマンに楽しく寄り添い、暮らし続ける女性。自然とともに暮らす喜びとは――。

最寄りの集落で道を尋ねると、「ポツンと一軒家?」と捜索隊が名乗る前に察知してもらえ、衛星写真を見てすぐに「連れて行くわ」「説明しきらん、付いてきて!」と過去最短でポツンと一軒家住人の情報と道案内をゲット。確かに案内ナシでは辿りつけそうもない未舗装の細道を進んでいくと、「ここから先は四輪駆動車じゃないと、のぼれない」という急こう配の一本道に。車を降りて徒歩で辿りついたのは、熊本の阿蘇山を遠くに望む山の上に建つ、赤い屋根の大きな家。

突然の訪問に驚きながらも、快く捜索隊を迎えてくれたポツンと一軒家のご主人(77歳)は、この場所に一人で暮らしているという。「宅配便の車も入って来られない」という山道のため、宅急便が届くときは待ち合わせをして約1キロ下の林道入口まで受け取りに行く。

木をふんだんに使った赤い屋根のログハウスに入ると、元はテラスだったというサンルームに家主の指定席があった。暖をとる薪ストーブは、大型トラックのホイールやレンチなどの廃材を使っている。家庭生活のエッセイを朝日新聞で連載していた、作家だった亡夫のファンからのプレゼントだという。

きけば亡夫は、元々は外務省の外郭団体「中東調査会」で中近東の研究員として出版物などの編集をしていた。その夫は7年前に逝去。最期は病院からこの家に戻り、山の上の自宅で看取ったが、退院の際も救急車が入って来られないため、林道の入口から軽トラックに布団を敷いて運んだ。

ご主人は北海道奥尻島の出身。実家は1993年の北海道南西沖地震で津波にのまれ、母は津波に流され2時間ほど海を漂流していたところを漁船に助けられたという。稼業を手伝いながら中学まで島で育ったが、島には高校がないため、高校進学を機に東京の親戚に身を寄せた。夜間高校に通いながら、昼間は化粧品会社の研究室で働いて食費を稼ぎ、高校卒業後は「シンドバッドの冒険」や「アリ・ババと四十人の盗賊」など中東の文学に魅せられ、アラビア語学校に入学。卒業後に中東調査会に入職し、18歳差の上司と部下として夫と出会った。

「優しいけれど、人とのコミュニケーションがあまり上手な人じゃなくて。引きこもって書いたり、音楽聴いたりしたい人」という夫は「田舎に住みたい」「静かな場所で暮らしたい」と希望して、夫婦は45年前に東京から大分県に移住。子どもが幼稚園から高校まで、集落にある10畳1間のプレハブ住宅で暮らした。「男の人はロマンで、自分の理想ばかり追いかけるけれど、それについていかなきゃならん女は不満だらけですよ。だけど言っててもしょうがないから、できることは協力する」と話すご主人は、「男のロマン 女の不満」と笑う。

長女が大学進学で家を離れるのを機に、夫の「もっと山の中へ」という要望で山の尾根であるこの場所に土地を買い、家を建てた。大工さんに基本的なところを任せ、細かいところは仲間たちと手作りした家は、天井もなく、現在も未完成。ご主人はこの家で山菜を採り、果実酒を作り、山の恵を食す。捜索隊にも採りたての山菜料理をふるまってくれた。

「特別なことはないけれど、自然の恵みをもらって暮らしたい。運転ができる間は、ここに居たい。でも、ここは私の代限り」というご主人。愛する夫の「男のロマン」に付き合い、「女の不満」に蓋をして、山の頂に移り住み20年。当時の不満も一人になった今では、亡き夫とのいい思い出に。ここで暮らせるうちは、豊かな自然を楽しみながら穏やかに生きていきたいというご主人。空の上で、亡夫も「いいところに家を建てただろう」と微笑んでいるに違いない。

ゲストに玉森裕太と森川葵を迎えたバラエティ番組「ポツンと一軒家」(ABCテレビ)は、7月5日(日)の放送で紹介された。

ABCテレビ・テレビ朝日系列「ポツンと一軒家」は、毎週日曜ごご7時54分から放送中。TVerでも無料見逃し配信。

【TVer】山菜料理に感激した捜索隊が「これ、みんなに知ってほしい」と伝えると…ご主人がお茶目な返答!

関連記事

おすすめ記事 おすすめ記事