京都・嵐電に隠された“終着駅”の謎 北野白梅町駅が終着駅らしくないのはなぜ?  A.B.C-Z塚田僚一も大興奮

京都府京都市にある京福電気鉄道(通称“嵐電”)北野線の終点・北野白梅町駅は、終着駅にもかかわらず“終点らしくない”という。A.B.C-Zの塚田僚一と、ABCテレビの福井治人アナウンサーが調査すると、“もう一つの終着駅”の存在が明らかになった。

【TVer】A.B.C-Z塚田僚一が福井治人アナを強襲! その理由とは……!?

到着した北野白梅町駅は、確かに終着駅らしい広がりやターミナル感がない。塚田と福井アナは「交差点が目の前ってなかなかなくないですか?」「(駅前のバスも)めっちゃ本数少ない!」と早くも違和感を口にする。

ほかの路線へのアクセスもなく、近くに目的地となるようなランドマークも見当たらないことから、「なぜここが終点なのか」という疑問はますます深まっていった。

駅で「嵐電北野線全線開通100周年企画」の掲示を見つけた2人は、歴史にヒントがあると考え、周辺の調査を開始。すると、洋風の赤レンガ建築に煙突がついた印象的な建物を発見する。そこは「衣笠繊維研究所(衣笠会館)」で、繊維に関する歴史資料などを展示する施設だった。

さらに衣笠会館自体も、もとは明治期に京都の基幹産業を担った機業家・藤村岩次郎氏の屋敷だったことが判明! 藤村氏はこの地域で住宅地開発も手掛けた実業家でもあったことから、塚田と福井アナは「藤村氏が地域を発展させたことで、白梅町駅に嵐電を引き込んだのでは」と推理した。

解答にかなり近づいたと自信満々な2人だったが、今回の専門家である鉄道ライターの伊原薫さんに「その方向性は間違ってます」とバッサリ否定されてしまった。

伊原さんによると、北野白梅町駅が“終着駅らしくない”のは当然で、実はもともと終点ではなかったとのこと。かつて終着駅だったのは、そこから少し東にあった「北野駅」。つまり、現在の北野白梅町駅は、ある事情で路線が短縮された結果、終点になった駅だったのだ。

思わぬどんでん返しを受け、2人は消えた北野駅の跡を探すことに。今出川通沿いで46年間お好み焼き店を営むベテラン女性から、かつてこの周辺には市電と嵐電がそれぞれ別の道を走っていたという貴重な証言を得る。その話を手掛かりに道をたどると、線路が延びていても不思議ではないような地形や、不自然に広く空いたスペースが見えてきた。

さらに調査を進めたNDYの二人は、近くの「京都佛立ミュージアム」へ。すると館内には、嵐電が走っていた昭和30年ごろの街並みを再現したジオラマが展示されており、現在ミュージアムが建つ場所こそが、かつての北野駅だったと判明する。

では、なぜ北野駅は姿を消したのか? お好み焼き店の女性の証言やジオラマの線路配置から考えると、後に整備された京都市電が北野天満宮方面と西大路通を結ぶために延びてきたことで、嵐電の線路と干渉する形になった可能性が見えてきた。

2人は、市電が延伸したことで、嵐電側が線路を譲る形で北野駅を廃止し、その結果北野白梅町駅が終点になったのではないかという結論にたどり着いた。

この推理を伝えたところ、伊原さんの評価はなんと100点満点! 実際、嵐電の北野駅は1925年に北野天満宮の最寄り駅として開業したが、その後、京都市電が市内の路線網を広げる中で今出川線の計画が進み、1958年に北野駅は廃止されたのだという。

北野白梅町駅が終着駅らしく見えないのは、もともと“終点としてつくられた駅”ではなく、路線が短縮された結果として終点になった駅だったからだった。

なお、京都・嵐電の終着駅にまつわる一連の謎は、情報番組『newsおかえり』(毎週月曜~金曜午後3時40分、ABCテレビ)内の「福井×塚田のなんでやねん!?」3月31日放送回で紹介された。

【TVer】「塚田さんとは100点獲れるのに、河合さんとは……」福井治人アナに横山太一アナがなんでやねん!?

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河合&A.B.C-Z塚田×福井アナ「なんでやねん!?」(news おかえり)
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