“業界激震の大問題”が謎に関係していた! 京都・長岡京の“アートすぎる家”をアイドルとアナウンサーが大調査

京都府長岡京市のとある住宅の外には、無数の陶器で埋め尽くされた芸術的なデザインの塀がある。この“アートすぎる家”を含む町一帯では、約100年前に“陶器業界を揺るがすほどの大問題”が起きていた……!

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“アートすぎる家”は、阪急電鉄長岡天神駅から徒歩10分ほどの住宅街にある。その家の無数の陶器で埋め尽くされた塀に、タレントの河合郁人とABCテレビの福井治人アナウンサーはビックリ。「塀と家のジャンルが違う!」「これ灰皿でしょ?」「これお皿?」「これ意味があるの?」「なにこれ?」などとツッコミまくった。

陶器だらけの塀は、アートすぎる家の家主の趣味ではなく、京都の重大な歴史が関わっている。そこで河合は、「ご自宅の土地に埋まっていた歴史的な焼き物を(塀で)展示?」と予想しつつ、福井アナと周辺の調査を開始。そのすぐ近くで、「陶器町自治会館」という建物を発見したため、アートすぎる家に限らず、「町のいたるところから貴重な陶器がたくさん出土?」と2人で推測した。

陶器町自治会館には、酒樽のような見た目をした陶器製の“樽神輿”がある。自治会員いわくこの樽神輿は、出土したものではなく職人が作ったものとのこと。そのため河合は、「陶器町は陶器作りが盛んで、作った陶器を(塀に)飾っている?」と予想した。

河合のこの予想は的中! 京都の歴史に詳しい関根理沙さん(まいまい京都スタッフ)いわく昭和初期の陶器町には、「陶器職人さんがなんと150人以上も住んでいた」そうで、「陶器の一大産地として栄えた場所」とのこと。しかもあのアートすぎる家は、「もとは陶器職人さんのお宅」だったという。

1つの町に陶器職人が150人以上も住んでいれば、“◯◯焼きの里”といった有名な地域になっても不思議ではない。そうなっていない理由は関根さんによると、その職人たちが「元々この町に住んでいたわけではない」から。職人たちは、「陶器業界を揺るがすほどの、ある大問題に直面しまして急遽(陶器町に)引っ越してきた」そうだ。

ある大問題を調べるために河合と福井アナは、京都市山科区川田の東エリアへ! この地は、「清水焼団地」という場所で、清水焼の店、さらには、アートすぎる家の塀と似た壁をもつ清水焼の郷会館がある。

清水焼団地には現在、窯元や陶器関連メーカーなど約50社が集結。同団地の協同組合の事務局長によると、「(清水焼に関わる人達は)元々は清水寺のあたりから、65年前にこちらの方に『新しいところに行こう』と来られた」そうで、その理由は陶器町と同様に「陶器業界を揺るがす大きな問題」があったからだという。

さらに河合と福井アナは、団地内の自社販売工房TOKINOHAへ。代表の男性によると、「元々は清水寺エリア周辺で土がたくさんとれていたんですけども、昔に全部掘り尽くしちゃったみたいで。今はいろいろなところから土を取り寄せて作っています」とのこと。現在は電気窯だが、昔は薪で焼く登窯を使って陶器作品を作ったという。

こうした話から河合と福井アナは、かつて陶器業界を揺るがした大問題=「戦争」と仮定。そして、「職人さんが戦禍に巻き込まれて、陶芸文化が消えてしまわないように、長岡京に職人さんを集団疎開させた」と結論付けた。

自信満々な河合と福井アナだったが、彼らの推理結果は100点満点中まさかの0点! その原因は、ほぼ答えが記された掲示物を2人がスルーしていたからだ。

かつて清水焼の職人たちは、清水寺エリアにて登窯で作品を作っていたが、昭和初期の急速な都市化や巨大病院の設立によって、作業環境が一変。「窯を焚く煙が町に害をおよぼす」という声が押し寄せたため、移転せざるを得なかった。つまりアートすぎる家は、煤煙問題で引っ越しを迫られた陶器職人たちの町の名残だったのだ。

なお、アートすぎる家から始まった一連の謎は、情報番組『newsおかえり』(毎週月曜~金曜午後3時40分、ABCテレビ)内の「福井×河合のなんでやねん!?」3月10日放送回で紹介された。

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番組情報

河合&A.B.C-Z塚田×福井アナ「なんでやねん!?」(news おかえり)
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