「僕がもし沖縄出身じゃなかったら…」 PSYCHIC FEVER・小波津志
LDH所属アーティストがグループとして新たな夢を目指し、不退転の覚悟で進む道(One Way Road)に密着するエンターテインメントドキュメンタリー番組『Rising Sun 〜後戻りはしないOne Way Road〜』

3月16日(月)放送の『Rising Sun 〜後戻りはしないOne Way Road〜』は、PSYCHIC FEVER編第3回。カメラは、国内外を飛び回っていたこの物語の主人公、PSYCHIC FEVER・小波津志(こはつ こころ)の帰省に同行した。

LDHが運営する総合エンターテインメントスクールEXPGスタジオの精鋭が全国から集まった7人組ダンス&ボーカルグループPSYCHIC FEVER。その表現の中心が、高い歌唱力を持つメインボーカルであり、卓越したダンススキルでも存在感を示す小波津志だ。

PSYCHIC FEVERは昨年、アジアツアー、USツアーを成功させ、今年、念願のワールドツアーを控えている。昨年末、彼らは国内外を飛び回り、タイでのカウントダウンライブを終えて、束の間の休暇に入った。小波津は、故郷・沖縄に帰省した。

「ようこそ沖縄へ!」と取材班を迎えてくれた小波津は、家族で毎年参拝を続けてきたゆかりの神社へと足を運んだ。デビュー以来となるアルバム制作、そしてワールドツアー。PSYCHIC FEVERにとって、今年は大きな飛躍の年となる。グループを代表して、その成功を祈願し絵馬に書いたのは、「健康第一」という文字。「健康第一で、止まることなく、馬のように進んでいきたいという意味も込めて」と言う。

引いたおみくじに書かれていたのは、「学問=自己の甘えを捨てよう」。それを見て、「“今日はいいか”というのをナシにします」と笑ったが、その素顔は真面目で完璧。密着カメラにも、バックステージでの彼の日々の努力が映し出されていた。

その妥協のなさは、どこから生まれたのか――。小波津は、「帰省してから毎日食べている」という大好きなソーキそば店を訪れ、そこで「スイミング、習字、ピアノ、何でもやらせてくれたけれど、結局ダンスだけが残って、ここまで来れた。好きでやり続けてよかった。親に感謝ですね」と、幼少期を語ってくれた。

次に訪れたのは、琉球ガラス細工体験。「何か作るってなったら、できる限りこだわりたいのに、時間だけかけて納得いかず終わることが多いんです。でも、ダンスとか歌は納得いくまでできるので、自分に合ってると思います。昔から、真似するのが得意だった。歌もダンスも形から入るのが得意で、全てのスタートは真似からでした」とその原点を振り返る。

さらに、子どものころからの遊び場だというビーチへ。そこでは、「沖縄にはアメリカのカルチャーもあるので、音楽が多様。沖縄の民謡やエイサーもあり、常に踊っている。自分も気づいたら踊ることとか歌うことが好きだった。僕がもし沖縄出身じゃなかったら、今、こうなってないかもしれないですね」と笑う。

幼稚園のころ、泣きながら両親を説得してダンスを始めた。ブレイクダンスでダンスバトル大会に出場し、沖縄では負けなしの3連覇。しかしそのダンスも、いつしか勝敗ばかりを気にするように。挫折した小波津は、ダンスジャンルを変えて、このビーチの特設ステージで行われたダンス大会に挑み、優勝。改めてダンスに対する情熱を取り戻した。

同時期に、彼の分岐点となるオーディションと出会う。LDHとエイベックスがグローバルアーティストの育成のために開催した、ニューヨーク留学を懸けたプロジェクト『グローバル・ジャパン・チャレンジ』に参加。自信満々で挑んだが、結果は不合格に。しかしそこで、「歌とダンスで表現したい。アーティストが目標なった」と新たな夢と出会い、EXPG沖縄校でダンスに加えて歌も学び始めた。

重なる挫折は、次の夢の始まりに。「オーディションには落ちたけれど、EXPGでダンスと歌を学んで、そこから自分の中での形を確立していけたんじゃないかな。親はよくできた時に、褒めるよりも『もっとできたんじゃないか』と言っていた。逆に負けた時は『あそこ良かったね』と言って、頑張る力をくれた。ずっと頑張る力を家族からもらってたのかな。それが今、自分のマインドでコントロールできるようになった。失敗してもずっと動き続けられる原動力は、家族から教えてもらったことなのかもしれません」
今彼の夢は波に乗り、世界へ向かい始めた――。

ABCテレビ『Rising Sun 〜後戻りはしないOne Way Road〜』は、毎週月曜深夜1時52分放送。TVerでも無料配信。



