滋賀県東近江市のお寺にコンクリート製の“鳴らない鐘”があるのなんでやねん!? なくてはならない、その理由とは?

滋賀県東近江市のとあるお寺には、謎の“鳴らない鐘”がある。鳴らないと意味がないはずの鐘が存在する理由とは? 「和田アキ子さんからのメッセージかもしれない。『あの鐘を鳴らすのはあなた』っていう」と笑うタレントの河合郁人が、ABCテレビの福井治人アナウンサーと調査すると……!?

【TVer未公開映像】「ストイックなのかドMなのか……」 河合郁人の“2026新習慣”に福井治人アナ思わずツッコミ

鳴らない鐘があるのは、近江鉄道五箇荘駅から車で5分ほどの弘誓寺。国の重要文化財に指定されている弘誓寺の本堂は、宝暦5年に建てられたもので、滋賀県内では比叡山延暦寺の根本中堂に次いで大きい。鳴らない鐘は、普通の鳴る鐘のすぐそばの地面に無造作に置かれており、コンクリートでできている。

弘誓寺の鳴る鐘は、戦後の昭和24年9月に西澤吉太郎という人物によって鋳造されたらしい。かつて日本は、太平洋戦争中に武器の生産に必要な金属が不足し、全国の寺から鐘を回収したことがある。そのため福井アナと河合は、「戦時中に鐘がなくなって代わりにこの鳴らない鐘が造られた」と推測した。

調査を続行した福井アナと河合は、弘誓寺近くのてんびんの里文化学習センター敷地内で、「平和の鐘」と書かれた意味深長な鐘を発見! 説明版によるとこの鐘は、戦後50年を記念して、弘誓寺の鐘の鋳造者・西澤吉太郎氏が寄贈したものだった。そこで福井アナと河合は、「(戦争で)亡くなった方々への鎮魂の思いをもって(鳴らない鐘は)置かれている」と考えた。

滋賀の歴史に詳しい関根理沙さん(まいまい京都スタッフ)いわく、そもそも鳴らない鐘は、「現在の青銅の鐘ができる前に一時的に必要とされていたもの」「造られた背景には、とある思いが込められている。というか、“おもい”から造られた重要な鐘」とのこと。答えのヒントとして関根さんは、「東近江市長町の鐘」と「隣町の日野町杉地区の鐘」を調べるように福井アナと河合へ指示。「2ヵ所の鐘を穴があくほど見てくれたら、答えがわかります」と伝えた。

さっそく東近江市長町へ向かった福井アナと河合は、弘誓寺の鳴らない鐘によく似た、昭和18年鋳造の鐘を道端で発見! さらには、その近くにある梵鐘の老舗工場・金壽堂の社長代理の話から、長町が中世から続く鋳物の里だと知った。社長代理いわく、町にはかつて鋳物工場が軒を連ねていたが、今は金壽堂1軒のみ。過去に金壽堂で、あの西澤吉太郎氏が修業していたという。

社長代理によると、滋賀県内には3000以上の寺があり、そのうち約1300ヵ所の寺の鐘を金壽堂で造ったという。彼いわくこの地にとって梵鐘は、「なくてはならん」もの。鋳造を始める日に僧侶と檀家が集まり、鐘が無事に完成することを祈願する、火入れ式をいつも行うそうだ。

鐘に込められた思いを知った福井アナと河合は、日野町杉地区へ。しばらく歩くと非常に立派な應瑞寺の境内で、「帰還した穴あき梵鐘」という鐘を発見した。梵鐘の穴は、戦時中の金属回収時に、素材の成分を分析するために空けられたもの。この鐘は、戦争で使われずに應瑞寺へ戻ってきた、非常に貴重な歴史遺産だった。

これで確信を得た福井アナと河合は、「あの弘誓寺の音の鳴らない梵鐘は、戦時中に金属の供出のために持って行かれた(鐘の)代わりのものとして、お国の勝利を願って造られたもの。そして戦争の傷跡を後世に残すため、あの場所に置き続けられている」と推理。自信満々な2人だったが、彼らの推理の結果は、100点満点中70点だった!

鳴らない鐘=「戦時中の金属供出による代替梵鐘」は正解だが、鐘が造られた背景にある“おもい”は不正解。関根さんが福井アナと河合に「穴があくほど」見てほしかったのは、鐘そのものではなく、鐘をつる鐘楼の構造だ。実は鐘楼の柱は、土台に固定されずに乗っているだけ。これは鐘をついたときや地震の振動を上手く逃す、言わば伝統的免震工法で、一般的な鐘楼は全てこの構造になっているらしい。

鐘を失うと、鐘楼は強風や地震で倒れやすくなる。それを防ぐために、鳴らない鐘こと代替梵鐘をつって、バランスを取る必要があったのだった。なお、“おもい違い”で70点止まりとなった福井アナと河合の調査は、情報番組『newsおかえり』(毎週月曜~金曜午後3時40分、ABCテレビ)内の「福井×河合のなんでやねん!?」2月3日放送回で紹介された。

【TVer】河合郁人、VTRではお馴染みセンターパートヘア、スタジオでは前髪を下したふんわりヘアで登場。正座はたった1分でギブアップし、スタジオ一同爆笑!

番組情報

河合&A.B.C-Z塚田×福井アナ「なんでやねん!?」(news おかえり)
毎週(火)

関連記事

おすすめ記事 おすすめ記事