「生きたいのに“社会”に殺されるかもしれない…」京都ALS嘱託殺人事件から巻き起こる“安楽死”議論に苦悩する難病当事者たち

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難病の女性が医師に依頼し、殺害された事件をきっかけに、SNSや一部のメディアで沸き起こった「安楽死」の是非をめぐる議論。その動きに危機感を覚える難病当事者たちを取材しました。

“屈辱的でみじめな日が続く”“安楽死させてください”――これは、2019年に死亡した女性(当時51)のものとみられるSNSの書き込みです。全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患っていた女性は、2人の医師に依頼し、殺害されました。

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嘱託殺人の罪に問われた元医師の大久保愉一被告、山本直樹被告の裁判で争点になったのが「安楽死」。治る見込みのない病に苦しむ患者に医師が薬を投与し、死なせる行為で、日本では認められていません。しかし、事件の報道があるたびに「日本でも安楽死を認めるべきでは?」との議論が巻き起こりました。

東京都に住む佐藤裕美さん(54)がALSを発症したのは2014年。突然体に力が入らなくなりましたが、長らく原因がわからず、ALSと診断されたのは4年後の2018年のこと。その2年後の2020年、前述の嘱託殺人事件で医師らが逮捕されました。

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後の裁判で大久保被告は、犯行は安楽死を望む女性の“願いを叶えるため”だったと主張。事件の背景が明らかになるにつれ、被害女性への同情の声が高まり、安楽死が認められるべきではないかという投稿がSNSに相次ぎました。

同じALS患者として危機感を覚えた佐藤さんは、当時、その思いをブログに綴っていました。“ALS患者である私は「社会」に自分が殺されると思い、震えました”“私の存在を否定し、死なせようとする声、声、声”――。

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【動画】当時感じた底知れぬ恐怖を、佐藤さんは「生きたいのに、この声に私は殺されちゃうかもしれないと思った」と振り返ります。

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日本では禁止されている安楽死や自殺幇助。しかし、海外では認める流れが進んでいて、2008年以降は法制化の波が加速。現時点では少なくとも12の国で安楽死が、13の国や州、地域で自殺幇助が認められています。

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そんな動向に懸念を抱くのは、鳥取大学医学部で生命倫理と死生学を研究する安藤泰至准教授。安楽死や自殺幇助が認められた国では、適用される人の範囲や条件がだんだん広がっていく傾向があるといいます。諸外国に比べてより同調圧力が強い日本で認められた場合、その傾向が「もっと進む」可能性があるのです。

進み始めたら後戻りできない「安楽死」を安易に議論する風潮に、当事者たちは反対の声をあげています。

京都で生まれ育った野瀬時貞さん(28)は、脊髄損傷で肩から下が自由に動きません。幼いころからほとんどの時間を病院で過ごしていましたが、6年前からは24時間介助を受けながらひとり暮らしをしています。

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制限の多い入院生活から解放され、歩み始めた新たな人生。しかし事件により、安易に障害者と安楽死を結びつける声に危機感を募らせた野瀬さんは仲間たちと会見を開き、強い不安を訴えました。難病を患い、声をあげられない人たちが、安楽死の名の下に「殺害されてしまうのではないか」と…。

野瀬さんの幼なじみで、全身が徐々に動かなくなる神経難病「脊髄性筋萎縮症」を患う大藪光俊さん(30)も、京都でひとり暮らしをしながら、障害のある人を支援する仕事をしています。

症状が進行していくときには、落ち込んだこともあったという大藪さん。しかし、家族や友人に支えられて大学を卒業し、就職して人生が軌道に乗り始めたころ、ALS患者の嘱託殺人事件が明らかになりました。被害者は自身と同じ進行性の難病患者。だからこそ、メディアやSNSで起きた「安楽死を認めるべき」という声は人ごとではなかったといいます。

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安楽死をめぐる安易な議論は、難病患者や障害者、高齢者など立場の弱い人が「生きていることを否定」され、人の命が「生産性」で判断される未来につながりかねないーーそう考える大藪さんは「障害があるからといって、それでも生きていたいと思ってる人たちはいっぱいいる」「多様な障害者の意見を尊重してほしい」と訴えています。

京都ALS嘱託殺人事件の波紋は、5月20日(火)放送の『newsおかえり』(ABCテレビ 毎週月曜〜金曜午後3:40〜)で紹介しました。

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