御年85歳 少年野球チームを半世紀以上も指導する熱血“名物おばちゃん”「(ボールを無くしたら)買ったらええっちゅうもんちゃうねん」見つかるまでみんなで探す「自分のことは自分で」
少年野球チームを半世紀以上も指導してきた、85歳の名物おばちゃんが大阪にいます。その胸にある思いは「野球がうまくなってほしい」だけではありません。子どもたちを愛し続ける“なにわの人情少年野球おばちゃん”に密着しました。

大阪・吹田市に住む棚原安子さんは御年85歳。54年前、夫の長一さん(87)と夫婦で野球チームを作りました。「野球はめっちゃ楽しみ。子どもらに会えるじゃないですか」と安子さん。今日もさっそうと自転車を走らせてグランドに向かうと、ユニフォーム姿の大勢の子どもたちが勢ぞろいしていました。

1971年創立の「山田西リトルウルフ」は吹田市の少年野球チームで、幼稚園児から小学6年生まで、130人が在籍。子どもたちに「おばちゃん」と慕われる安子さんは小学校低学年を指導しています。

3年生チームのノックの時間が始まりました。ノックするのは85歳の安子さんです。「もっと前!」「出てくんの遅いで!」などと声を飛ばしながら、ぶっ続けでノックを続けること、なんと1時間!野球がうまくなりたいとがんばる子どもたちのために「しんどいなんて言ってられない!」と安子さんは笑います。

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「山田西リトルウルフ」には、子どものスポーツチームによくある保護者の“お茶当番”がありません。お茶を準備するのも着替えを持っていくのも「自分が必要なことは自分で」と子ども本人にやらせるのが安子さんの教え。何より大切にしているのは「子どもの自主性」なのです。

練習後、1か月前に入団したばかりの3年生・松上宥信くんの家にお邪魔しました。洗面所をのぞいてみると、汚れたユニフォームを自分で洗う宥信くんの姿が。お母さんによれば、安子さんに出会ってからというもの「1人でできること」が増えたそう。また、ほかのお母さんからは「“子ども自身に何でもさせなきゃいけない”というのを、ここで私も教えてもらった」という声も…。

「苦労した人ほどやってもらったことに対して“ありがとう”と心の底から言える」「同じスポーツをするんであれば、そういう人材を育てないとダメでしょう」。安子さんがスポーツを通して子どもたちに伝えたい思いは、チームを作った54年前から変わっていません。

さて、「山田西リトルウルフ」には1400人の卒業生がいます。中にはプロ野球選手になった子もいて、オリックスで活躍したT-岡田さんも安子さんの“教え子”のひとり。子どものころから体が大きかったT-岡田さんを安子さんが見かけ、「野球やれへん?」「あんたやったらホームラン打てる」と“スカウト”したそうです。

そんなT-岡田も少年時代にやっていたのが、新聞や段ボールの回収。マンションの階段を駆け上がっては運び、子どもたち自らチームの活動費を稼ぎます。新聞は1kgで7円。年間50万円ほどが貯まり、道具の購入や試合の交通費などに使われます。

安子さんには5人の子どもが。現在、チームの総監督を務める三男・徹さん(58)によれば、昔はチームの子どもが1週間ほど家に来て、箸の持ち方から家の用事までをしっかりと教え込まれる“合宿”もあったとか。安子さんにとって、チームの子どもたちはわが子同然なのです。

バントの練習では「ここじゃない。ここで構えんねん」と正しい構えを実演。片づけの後にボールがひとつ足りないとわかれば、「買ったらええっちゅうもんちゃうねん」とどこかに落ちているはずのボールをもう一度探させるなど、子どもたちと全力で向き合う安子さん。

「愛情も与え、悪いことは叱る。ちゃんと育てていかないと」「これは大人の役目やと思いますよ」と熱い思いを語る“おばちゃん”は「こんな楽しいことない。やりたいですね、生涯」と子どもたちのためにまだまだフルスイングでがんばることを約束してくれました。

なにわの人情少年野球おばちゃんは、5月1日(木)放送の『newsおかえり』(ABCテレビ 毎週月曜〜金曜午後3:40〜)で紹介しました。
