「タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない」と私立探偵フィリップ・マーロウが名言を残してから65年（レイモンド・チャンドラー『プレイバック』より）。時代は移ろえども、マーロウのこの言葉を地で行く女探偵が深夜ドラマにさっそうと現れた、と感じたのは筆者だけではないはず。ドラマ『あなたの恋人、強奪します。』の原作はミステリ作家・永嶋恵美の『泥棒猫ヒナコの事件簿』シリーズ。2017年に、目利きの書店員が名作を発掘する『復刊プロデュース文庫』として選ばれるなど、長く人気と支持を集め続けるヒューマン・サスペンス連作集だ。

主役でオフィスCATの女探偵・皆実雛子（ヒナコ）を演じるのは武田玲奈。かねてより原作のファンだったと話す武田が、依頼を受けるとターゲット好みの女性に変装し、100％を誇る強奪率で男性を奪う女探偵を演じる。普段の風貌は、印象的な赤ブチメガネに3本の三つ編み、あまり見たことのないピンクのスカートでいて朴訥。しかし、ターゲットを前にするとあざとさ全開で男を虜にしていく。ドラマで観れば一目瞭然だが、男心をくすぐる声色、表情、仕草や目線の動きに「こりゃ簡単に落とされる…」と説得力も十分だった。様々なタイプの女性を演じ分ける武田に注目してほしい。

ヒナコをサポートするのは、オフィスCATのイチ社員で弁護士志望の浅沼陽介（渡邊圭祐）。一見クールで切れ者なヒナコの相棒だが、弁護士試験に３度失敗しているため、現役の弁護士への対抗意識は強いよう。スーツを身にまとった陽介が、尾行に使用する社用車が軽のワンボックスカーというギャップも可笑しみがあって、ただのハンサムな相棒ではない予感をのっけから漂わせていた。

第1話の依頼者は不動産営業として働く早川梨沙（渡邉美穂）。恋人の英之とは、物件の仲介を通じて知り合ったが、やがて英之は過激な暴力を振るうようになり、行き場を失ってしまった梨沙が『DVお悩み相談掲示板』に広告が掲載されていたオフィスCATに助けを求めてきたのだ。

なお、梨沙に暴力をふるう彼氏・英之役はスーパー戦隊シリーズ『機界戦隊ゼンカイジャー』で主演を務めた駒木根葵汰。ヒーローから一転、DVをする男性を狂気たっぷりに演じている。

警察は動いてくれず、訴えようものなら逆恨みされる恐怖にさいなまれる女性たちの悲痛な叫び――現代にはびこっている社会問題がこの物語の根底には、ある。

第１話を通して観ると、オフィスＣＡＴはそうした状況下で女性を苦しめている男性を強奪し、声にならない助けに応えている“タフさと優しさ”を備えた探偵事務所であることがわかってくる。ぎょっとするパワーワードなタイトルからはちょっと予想がつかなかったが、骨太なストーリー＋ウィットに富んだ展開に思わず目を見張った。

なお、オフィスＣＡＴの室内は、往年の探偵作品をにおわせるようなレトロでアンティークなインテリアでデザインされている。“ＣＡＴ”だけに、ネコのオブジェや絵画小物の数々などインテリアや小物からも製作スタッフの遊び心が感じられ、筆者としては注目したいポイントだった。

恋人の強奪を引き受ける探偵、現代を取り巻く社会問題、ウィットに富んだ会話劇、緊迫とユーモアを織り交ぜながら30分尺とは思えない見応えのあった『あなたの恋人、強奪します。』。まだ観ていない人は、第1話でこのエンターテインメント体験を味わってほしい。

『あなたの恋人、強奪します。』は、TVer・ABEMAで無料見逃し配信中。なお、ドラマのエッセンスを凝縮した第1話ダイジェストも公開中です！

＜文・ニノマエヒビキ＞