「ポツンと一軒家」に着いたら空き家…開始20分で捜索終了!? でも途中でみつけたポツンと一軒家を訪ねてみたら、200年続く名家の最後の女性当主と出会った
衛星写真でみつけた謎の一軒家の実態を徹底調査する番組「ポツンと一軒家」(ABCテレビ)。3月15日(日)の放送回では、島根県の“ポツンと一軒家”を訪れた。
【TVer】雪降る山奥で二転三転する“ポツンと一軒家”捜索! 雪が残る過酷な山道を越え、ようやく出会えたのは、築200年の古民家で一人暮らしをする女性だった。
実は今回、最初に目指したのは別の“ポツンと一軒家”だった。捜索隊は衛星写真で見つけた“ポツンと一軒家”を探すため、最寄りの集落へ向かった。立派なお寺を訪ねると、「大の『ポツンと一軒家』ファン」という90歳のおばあちゃんを筆頭に、4世代親子が目的地までの道と「トンネルの先の集落でまたきくといい」ということを教えてくれた。
トンネルの先の集落で出会った男性にきいたところ、衛星写真の“ポツンと一軒家”は「空き家かもしれない」という情報を得た。教えてもらった雪の残る山道を進み、途中から車が通れない山道を30分歩いて現地へ行ってみた捜索隊は、目的の一軒家を発見。しかし、言われた通りの空き家だった。確認したところ、10年ほど前まで夫婦で住んでいたが、高齢になり麓の町へ引っ越したという。番組開始から20分。これにて、捜索終了――。
しかし、トンネルの先の集落で「この家の手前に70歳くらいの女性が一人で暮らすポツンと一軒家がある」ときいていた捜索隊は、山道を戻り手前のお宅に向かった。
「いつもよう見せてもらってる」と迎えてくれたのは、67歳の女性。女性によると、ここにはかつては33軒が暮らしていたが、昭和38年1月、北陸地方を中心に東北から九州にかけて広い範囲で大雪が降り続き各地に大きな被害をもたらした「三八豪雪」で大きなダメージを受けた。それを機に多くの世帯がここを離れ、この家が“ポツンと一軒家”になって30年とのこと。「いよいよ私が最後のこの集落の看取りだなと思っておりますけどね」と言う。
初代は江戸時代にこの地に来て、女性で9代目。立派な家は築200年。女性はこの家で3人姉妹の末っ子として育ち、小学5年生から中学生時代には、片道8キロの山道を徒歩で学校に通った。両親は約5000坪の田畑を耕作。1万円札の原材料であるミツマタを大阪造幣局に出荷するなどしていた。
中学卒業後は、家を離れて2人の姉と同じ看護師の道へ。20歳過ぎに結婚したが、27歳の時、3番目の娘が生まれて2カ月で夫と死別。それを機に、昭和60年の1月、大雪の中、この地に戻ってきたという。
子どもたちを両親に預けて働いた女性だが、「父親が運転して、朝晩にお迎えしてくれました。父が亡くなる前の年ぐらいに『孫の送り迎えが何よりも幸せだった。大きなわしの宝だ』と言ってくれた。その恩があるから、ここから出られない」と振り返る。
女性は現在、訪問介護の仕事をしながらこの“ポツンと一軒家”に一人で暮らしている。「終活中」と言う彼女は、立派な漆喰作りの鏝絵のある蔵や大きな納屋を自力で解体している。家の中を案内しながら、玄関では「おじいさんが電話の株券を買うて連絡所をしていたんです。電話が鳴ると『どこの家の人あてですか』ときいて呼びに行っとったんです。昭和50年くらいまでやっていましたね」、仏間では「ここで葬式をして」とこの家の歴史を語ってくれた。石見神楽の鬼の面もある。島根県西部・石見地方に伝わる日本神話を題材にし、日本遺産にも認定された伝統芸能で、父が舞っていたという。
「この土地を最後まで見届けてほしいというのが父の願いでした。私が最後、締めくくり。1日でも長く元気で守ってあげられればいいなと思ってます」と、女性はこの家を守り抜くと天国の父に誓った。
ゲストに田中麗奈と宮本里歩を迎えたバラエティ番組「ポツンと一軒家」(ABCテレビ)は、3月15日(日)の放送で紹介された。
【TVer】訪問看護の仕事をし、この家も「看取る」と語る9代目当主の姿に「『最期は自分で幕を引く』という強い想いが伝わってきましたね」と林修もしみじみ。














